曖昧なアーケード


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商店が隙間なく通りの両側に並ぶアーケード街に、空白地帯が生じた。
どうするか。

雨の日でも傘なしでショッピングをお楽しみ頂けます、と胸を張れるのが、アーケード街の本旨。
だとすれば、壁で塞いで雨風が吹き込まぬようにするというのが、アーケード街が本来取るべき選択だろう。

だが何故かここでは、格子と金網を張ることによって、一応、野ざらし状態を回避しようとしてはいるものの、外の光も風も、ここからアーケード街に流れ込んでくるに任せている。

銭湯のタイル画のように、壁を通して、青空の下の景色が見えるアーケードというのも乙なもの。
高い天井のアーチと壁面の格子の組み合わせが、欧州の大都市に見られる大きな鉄道ターミナルのような異国趣味を漂わせているのが、また良い。

外界を遮断するのか、受け入れるのか。
そのあたりを曖昧にしているアーケード街も、たまにはあってもいいのかもしれない。

BGM ・・・ テルミネ (大貫妙子)
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退魔の呪符


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日が暮れる頃、林の中を進んで行くと、突然、道端のライトが点灯し、強い光を浴びせてきた。
不意打ちされて驚く自分の姿を、防犯カメラが録画している。
いつの間にか、立入禁止区域に入り込んでいたようだ。

とっとと引き返そうとした時、奇妙な立て札が視界に入ってきた。
読めない文字、謎の紋様、一体これは何なのか。

意味は分からないが、呪いを掛けられているようで、気味が悪い。
薄暗くなってきた林が、急に危険な鼓動を開始したように感じる。
一刻も早く立ち去らねばと焦りつつも、慎重にシャッターを切り、映像を持ち帰った。

調べてみたところ、「喼急如律令」は、秩序を維持せよ、秩序を乱す魔物は退散せよ、という意味の呪文らしい。
どうやら本当に、呪いを掛けられていたようだ。
早々にその場を離れたので、退魔の呪文は無効化できたと思うが、その他の文字や紋様がどのような呪力を持っているのかは、今もって謎のままである。
まだ安心はできない。

BGM ・・・ 心臓の扉 (マライア)

香る庫


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段差解消用のスロープが設置されている。
おそらく車庫として使われているのだろうが、よく見れば、スロープにつながる部分だけ、段差を少し削って低くした形跡がある。
初めから車庫にするつもりであれば、わざわざ段差を高く作ってから削るようなことはしない。
スロープの位置が、建物の中心からずれているのも、不自然だ。

壁や屋根は比較的新しく、最近リニューアルしたように見える。
扉は塗料の剥落が激しく、かなりの年代物であることが一目瞭然だ。
異なる年代の地層が顔を出す褶曲現象を起こしているが、その原因が分からない。

扉の上に張り出している廂は、左右非対称。
屋根や廂が水平を保っていないのも気になる。

些細な違和感が累積して、建物全体が現実世界から遊離したもののように感じられる。

一方、扉の上にともる電燈。
その光度は決して強くないけれども、建物の周囲に漂う夕刻の空気の透明度を高め、この場一帯が清浄な空間であることを、黙示的に主張しているかのようだ。
この場で唯一の光源たる和風の電燈から放たれる光は、旧家の広い庭内を照らす灯篭の如き静謐さを保っている。

現実世界からの遊離、清浄、静謐。
それに加えて、平明にして簡素。

この建物は、どこか神道系新宗教のにおいがする。
惟神の道に惹かれる人たちの感覚が、この建物を見ていると、何となく理解できるように感じられてくる。

BGM ・・・ 弦楽四重奏曲 第1楽章 (ラヴェル)

人形が見ている


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神社の境内の古井戸を塞いでいる厚い石蓋の上には、数体の人形が置かれていた。
一年前ここに来た時に見たことがある人形もあれば、その時にはなかったものもある。
明らかに人形の数が増えているようだが、いつまでもここで雨風に晒され続けるのだろうか。
早く供養してやらないと、人形たちの情念が、どんどんこの場所にこびりついてしまいそうな気がする。

人形供養と言えば、金沢市内卯辰山の麓にある鬼子母神・真成寺を思い出す。
泉鏡花の小説の舞台になった寺であり、人形供養の寺としても知られている。
ちょうど供養が行われる時期に訪れたため、本堂に上がってみると、畳の上には、寺に持ち込まれた大量の人形が並んでいた。
はじめは、人形たちが一斉にこちらを向いているような気がして、なかなか正視できずにいたが、暫くするとあまり怖いと感じなくなった。
魂抜きやお焚き上げといった儀式を経て、もうすぐこの世から消え去ろうとしている人形たちの顔は意外にサッパリとしており、彼らの暗い情念がここで渦を巻くようなことはあり得ないと思った。

一年前この場所にあった人形のうち、なぜか招き猫だけは見当たらなかった。
誰かが持って帰ったのか。
それとも、雨風に晒されることのないところを求めて、自らこの場を離れたのか。
安全な場所で、元気に生き永らえていることを祈りたい。

BGM ・・・ シャンバラ通信 (細野晴臣)

理想の死に方


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ホームゲームの日、
いつものようにユニホームを身にまとい、
いつものように1階最後列に立ち、
いつものようにサポーターソングを歌い、
少々疲れを感じたところで椅子に座り、
目を閉じて、背もたれに寄りかかっているうちに、
次第に周りのサポーターの歌声が遠のいていき、
それがやがて聞こえなくなった頃、
あの世へと旅立つ。

観戦中のサポーターが死亡ということになれば、クラブやスタジアムの関係者に多大な迷惑が掛かるのは重々承知だが、長い間クラブに愛情を注いできた人間の最後の我儘として、どうかご堪忍を。
この世を離れたあとは、指定席をスタジアムの上空に移して、空から観戦三昧の日々というのが、理想の死後生活だ。

常に愛するクラブとともに。
それはサポーターにとって、ささやかな理想なのだが・・・・・。

この日は、シーズン最終戦。
試合は夕刻に終わったが、来シーズン以降のクラブの行く末を案じ、クラブスタッフとの対話を求めた大勢のサポーターがスタジアムを出た時、時計は既に11時を回っていた。
この日から5日後に、場所を改めて開催されたクラブスタッフとのミーティングにも、952人のサポーターが参加した。

これらが何を意味し、どのような結末をもたらすことになるのか、今はまだわからない。
だが、クラブが活力を保ち続けるためには、クラブスタッフもサポーターも、今まで以上の知恵と行動が求められているということを、腹の底で受け止めたのは間違いない。

安心立命の境地に立って理想的な死を迎えるには、まだまだ精進が必要だ。

BGM ・・・ Ave Verum Corpus (モーツァルト)
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