第三の親


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学校の先生の家庭訪問は鬱陶しい。
隙を見せたくない相手に、プライベートな自分を晒すのは気が進まない。
ひたすら大人しくして、先生が早く帰ってくれるのを待つ。
念願が叶い、先生が帰り支度を始めると、途端に元気になって、次の訪問先S君の家まで道案内することにした。

家庭訪問が終わって、気が緩んでいたためなのか、道中、不躾な質問を口にした。
「先生はこの前の授業で家庭の大切さを説いていたが、聖職者である先生は家庭を持っていない。どう考えればよいのか」

すると先生は急に立ち止まり、それまでとは打って変わった静かな口調で話された。
「自分たち聖職者は普通の家庭を持たない。しかし、教え子である君たちは皆、自分の子なのだ」

そして先生は生意気な生徒の手を握り、眼下に広がる街を眺めながら、聖職者の道を選択することの意義を語り始めた。
次に行くS君の家では、彼とその両親が、いつになったら先生が来るのかと気を揉んでいるに違いない。
それを承知の上なのか、先生の話は1時間近く続き、その間に日が暮れてしまった。

先生はなぜ、その時そのような話を延々と話されたのか、いまだに分からない。
カソリックの学校に通いながらも、宗教にさほど関心を持っていなかった生徒に、いきなり、信仰を持つことや聖職につくことを勧めようとされたとは、とても思えない。

ただ、もしかしたら、この生徒には何らかの導きが必要だと判断されたのかもしれない。
そして、その導きが、他ならぬ今この時にどうしても必要だと判断されたからこそ、後のスケジュールを無視してでも、言うべきことを言っておこうと決意されたのかもしれない。

過日、先生は亡くなられた。
葬儀の席上、先生の近くにおられた神父さまから参列者に、先生の生前の日々の様子が伝えられる。
そして、神父さまは最後に言われた。
「最後に、卒業生の皆さん、特に18期と26期の皆さんに伝えておきたい。先生は、いつも皆さんのことを気にかけておられた。どの生徒がどこでどうしたという話を本当に良く知っていて、それをいつも私に語って聞かせてくれた」

我々がいくつになろうとも、我々のことを気にかけておられた先生のことを思うと、「教え子である君たちは皆、自分の子なのだ」という先生の言葉が、確かな重みを持って胸に迫る。

BGM ・・・ ヴァイオリン・ソナタ第7番 第2楽章 (ベートーヴェン)
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ピアニストの舘野泉が、永年の念願かなって、南仏トゥールーズ近郊にあるセヴラックの生地を訪れた時、彼を待っていたのは、見渡す限りどこまでも続くヒマワリ畑だった。
その時の印象があまりに強烈だったため、彼は、後に発表したセヴラック作品集のアルバム・タイトルを、「ひまわりの海」と名付けた。

息を切らしながら、急斜面にへばり付く住宅地の長い階段を登り切ると、一気に視界がひらけた。
目の前には、谷を挟んで向こうの丘まで、無数の墓標が、思い思いの方向を向いてぎっしりと密集している。
そのまわりを縁取るように、民家や病院が建つ。

「墓標の海」

全く予期していなかった死者の国が、突如、眼前にあらわれた。
街の中に出現した巨大なクレーターのようなその姿に、思わず息を飲む。

現在、地球上には約70億の人間が暮らしているが、人類誕生以来、それを遥かに上回る数の人間が地球上で死んでいる。
そんな惑星で生きていく以上、我々は、膨大な死者の霊魂に取り巻かれ、墓標の海を漂いながら暮らすことしかできないはずなのだ。

BGM ・・・ ひなたで水浴びする娘たち (セヴラック)

隧道街


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昭和初期にできた薄暗いトンネル。

緩やかに湾曲する洞内を、高い天井から電灯がひんやり照らしている。
両端の出口と、この寫眞に写るにじり口のような背の低い通路から、乾いた風が吹き込んでくる。

かつて、ここに暮らしていた人たちがいた。
トンネル内には商店や人家が続き、長屋横丁のような景観が形成されていた。

今は、殆どが空き家になっている。
トンネルの街のかつての住人たちは、外界の光と空間を求めて、穴倉から這い出して行ったに違いない。
豊かな光と広い空間がある生活を得た日本人が、最早ここに戻ることはないだろう。

だが、それは不可逆な選択なのだろうか。

古い木造アパートの二階。
急な階段を上がったところにある、四畳半の襖の部屋。
殺風景な室内で、ラジカセを聞き、お茶を啜る。
コンビニで買ったかりん糖を食事代わりにして、食費を節約する。
小さな電気ストーブでは耐えられそうもない寒い夜は、早々と蒲団にもぐりこんで暖まる。
茹だる暑さの熱帯夜は、遅くまで開いている定食屋に居座り、涼みながら雑誌を読む。

下宿時代の記憶が甦り、身軽で自由な生活に、いつかまた戻ってみたいという誘惑にかられることもある。

BGM ・・・ Not Yet Remembered (ハロルド・バッド & ブライアン・イーノ)

坂の途中のR


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嵐山光三郎たちが好んで使った「~なのでR」の類を、昭和軽薄体と呼んでいた時期があった。
今や完全に廃れた文体であるが、「52(ご自由に)」のような傑作は、時代を超えて通用するように「思L」。

「文は人なり」と言うように、文体で人格を判断されることもあるので、TPOを弁えた文体を用いる必要があるのは当然だ。
では、人格ではなく、文章の論理だけで勝負する場合には、どんなに軽薄な文体を用いても許されるだろうか。

例えば、数学である。
試験の答案で、「ゆえに、求める曲線の長さは~なのでR」などと書いたら、正解だったとしても減点されるだろうか。
されそうな気がする。
だが、もし軽薄な文体を理由に減点するのであれば、採点者は、数学の論理以外の価値観を数学の世界に持ち込んだことになるのではないか。

「文は人なり」
だからこそ、一個の人間の表現として、譲れない文体があっても可笑しくない。
どうしてもRが好きな人がいたなら、答案であろうが、学術論文であろうが、堂々とRを使えるようにしてやれば良いではないか。

何をそんなに力んでいるのか、と思われるだろうか。
こんなに力んでいるのには、理由がある。
どうしてもRが好きだからだ。

港から続く坂の途中にある、旧海軍病院。
その壁面の優美な曲線は、初めて見た時から私を魅了した。
曲線の曲率半径Rは、美の本源である。

BGM ・・・ 交響曲第1番 第1楽章 (ロット)
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