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フェネルバフチェSK



カドゥキョイの街角から歌声が聞こえてきた。
フェネルバフチェSKのサポーターたちが、交差点で何かやっているらしい。
街を歩く者が足を止めて、彼らを見ている。

昨シーズンのトルコサッカーリーグの覇者フェネルバフチェは、今、八百長騒動で揺れている。
クラブの会長をはじめ、現役選手など多数の関係者が事情聴取を受けた。
昨シーズンの優勝取消しや2部リーグへの降格といった制裁も取り沙汰されており、サポーターとしては気が気でないはずだ。

本来ならば今シーズンのリーグ戦はとっくに開幕しているはずだったが、八百長問題のお陰で開幕は延期されてしまった。
スタジアムという住み慣れた我が家に入れないサポーターたちが、街角に出て何を訴えているのか、定かでない。
それでも、愛するクラブの危機に直面して何かせずにはおれないのだろう、というぐらいの察しはつく。





交差点でのデモンストレーションでひとしきり衆目を集めると、彼らは移動し始めた。
彼らが向かう先には、フェネルバフチェのホームスタジアムがあるはずだ。
スタジアムの前で別のサポーターグループと合流して、何かやらかそうというのだろうか。

手を叩き、歌声を張り上げながら、フェネルバフチェサポーターが真昼の横断歩道を渡って行く。
見方によっては悲哀感や滑稽さが漂うシーンだが、フェネルバフチェサポーターよ、負けるな。
サポーターは、馬鹿であればあるほど尊い。
この先どんな困難が待ち受けていようとも、馬鹿な彼らの大きな愛が、フェネルバフチェを苦境から救い出すと信じたい。





クズグンジュックの街を歩いていると、メインストリートのド真ん中に吊るされているフェネルバフチェの大旗が目に飛び込んできた。
フェネルバフチェ地区に近いせいだろうか、この街には熱心なフェネルバフチェサポーターが住んでいるようだ。





同じ通りにぶら下がるもう一枚の旗を撮っていたら、店の中から、愛想笑いを浮かべた男が近付いてきた。

「アナタ、ニホンジンデスカ?」
「ニホンゴ、ワカリマスカ?」
「オカシ、イカガデスカ?」

トルコの人たちは、言われているほどうるさく声をかけてはこないが、それでも中には面倒くさい奴がいる。
残念ながら、こいつは、そっちの部類に属するようだ。

「ニホンノ、ドコカラ、キマシタカ?」

真面目に答えるのが阿呆らしいので、デタラメに答える。

「フェネルバフチェ。」

愛想笑いが、普通の笑いに変わった。
素直な日本人になら何か買わせることもできるが、こんな見え透いたウソをつく奴じゃ無理だ、と思ったのか。
自分たちと同じフェネルバフチェサポーターのフリしてからかうとは、食えねー日本人野郎だ、と思ったのか。
男は笑って無罪放免してくれた。

この手は使える、と思った。
その後、何度か同じ手を使ったが、その度に、うるさい奴らは笑って退散した。





帰国前日、金角湾内の船上で向かい合わせに座った少年が、「どこから来たのか」と話しかけてきた。
含み笑いを浮かべながら、例の如く「フェネルバフチェ」と答えてみたら、二人は顔を見合わせて笑いだした。

向こうはこちらのことを、サッカー馬鹿な日本人のオッサンだと思ったらしい。
こっちは彼らのことを、冗談が通じるサッカー小僧だと思った。
瞬時に打ち解けて、二人との話が弾む。

フェネルバフチェの効用は、ここに頂点を極めた。





17歳のファティーフはガラタサライ、一つ年下の友人はベシクタシュのファンらしい。
いずれのクラブも、フェネルバフチェとともに、トルコサッカーリーグの3強を形成するイスタンブルの名門だ。
ファティーフは、かつてガラタサライに在籍していた「イナモト」という名の日本人を覚えていると言う。

今回は開幕延期のお陰でナマ観戦の機会を逸したが、再びイスタンブルに来ることがあったら、その時は、彼らサッカー馬鹿とともに、スタジアムで馬鹿になってみたい。
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軽井沢秋天



K氏邸で合宿2日めの朝、秋の空。
昨晩は冷え込んだが、今朝は半袖で過ごせる。





テラスで朝食準備中のK氏。
いつも我々を快く迎えて下さるホスピタリティが、心を打つ。
そして、奥様の手料理に、舌鼓を打つ。





午後、K氏邸そばのお店で腰掛けた椅子。
華奢に見えるが、動かすと鉄の重みがずっしりと伝わってくる。
これ以上重くなると、片手で椅子を引くのは大変だろう。
実用性とデザインのバランスを体感する。





この店のオーナーが作製したものらしい。
このまま美術館に展示したくなるような、ユニークな工芸。



BGM ・・・ Little Bit More (増尾好秋)

(寫眞をクリックすると拡大します。)

テオドシウスの城壁



テオドシウスの城壁は、5世紀初頭以来、一千年以上にわたって東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを外敵から守ってきた。
その難攻不落の城壁を、1453年、激戦の末に突破して東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン帝国は、城壁に旗を掲げてこの都市の支配者交代を宣明した。
塩野七生の小説によればそういうことになっているが、おそらく実際もそうだったのだろう。

今日もまた城壁の上に翩翻と翻るトルコ共和国の国旗に、トルコの人々の祖先への敬意と民族の歴史に対する誇りを見る思いがする。





トルコ人の誇りを追体験しようと城壁にのぼったのは、間違いだった。
城壁の上には、手すりも柵もない。
余程のことがない限り落ちることはないとは分かっていても、立って歩くのが怖い。

城壁を挟んで一千年にわたり繰り広げられた攻防の中で命を落とした無数の兵士たちが、城壁の下から呼んでいるような気がする。
みっともないのを覚悟の上で四つん這いになりたかったが、やっぱりそれはみっともなさ過ぎる気がして、我慢した。
トルコ人の誇りが嫉ましく、かつ、恨めしく感じられた。





城壁の上に出るには、この階段をのぼらねばならない。
この寫眞は、階段をのぼる人を撮ったものだが、のぼる時はこのようにひたすら攀じ登るだけで何とかなる。

問題は、おりる時だ。
足元から殆ど垂直にストンと落ちる壁面を見下ろすと、そこを命綱もつけずに自分がおりていくなんて冗談だろ、と言いたくなる。
下手な姿勢で足を出せば墜落必至であり、この高さから落ちたらおそらく死ぬ。

ここにちょっとした手すりがあれば、安定した姿勢でおりることも難しくないのだろうが、そういう余計な世話を焼いてほしいとは思わないのが、誇り高きトルコ人の意地なのか。
でも俺は日本人なんだ。
誰かに助けてもらうことを、ちっとも恥ずかしいとは思わないのだが。

おりる姿勢を決断するまでの数分間、こんな階段をのぼってしまったことを後悔し、我が人生において最も死に近いところに立っていることを、絶望的な思いで受け止めていた。

カドゥキョイ



ユーラシア大陸を欧羅巴と亜細亜に分かつボスポラス海峡の両岸に、イスタンブルは広がる。
海峡の東岸、すなわちアジア側のイスタンブルの中にあるカドゥキョイ地区は、かつてカルケドンと呼ばれていた。

カドゥキョイの街を歩くと、例えば「カルケドン美容室」といった具合に、昔の地名を冠した店の看板が目に付く。
街の人たちは、西暦451年にカルケドン公会議が開催された由緒ある街に住んでいることを、誇りに思っているのだろうか。
この街の回教徒たちが、基督教の一大イベントとなった公会議の恩恵に与っているとすれば、信ずる宗教は異なれども、神の慈悲は遍く放射されているとは言えないか。





カドゥキョイの街を時計回りに走る、単線の環状トラム。
細い街路を南に進むと、右折して、より一層細い路地を西へ分け入って行く。

カドゥキョイに観光名所は殆どないが、そぞろ歩きにはいい街。
美味しい料理屋もある。





西向きに進むトラムは、下り坂に差しかかる。
坂の向こうにボスポラス海峡の青い海が広がり、対岸にはヨーロッパ側のイスタンブルが見える。

坂を下ると、また右折して、海沿いの道を北に進む。





車内が混雑する区間もないわけではないので、地域住民の足として役に立っていることは間違いないが、旅行者にとっては、あまり便利な乗り物とは言えない。
沿線に何か特別な見所があるわけでもなく、そもそも乗る価値があるかどうか、疑問に思う人もいるだろう。

環状線はのろのろ進むが、それでも20分少々で一周してしまう。
カドゥキョイの街の中で、環状線がカバーしている範囲はそんなに広くない。

駅がどこにあるのかも、分かりにくい。
最初に乗った時は、プラットフォームのように見える石段の上で電車を待っていたが、やって来た電車は、その石段よりずっと手前の何の変哲もない道端に止まった。
そっちが本当の駅だった。

もしもこの環状線にいい点があるとすれば、料金前払いで一度乗ってしまうと、あとは街の風景を眺めながら何周乗ってもお金がかからないということだろうか。
そういう乗り方を楽しめる人には、乗る価値が多少あると言えそうだ。





君は突然、車内に現れた。
女性にレンズを向けるのは苦手だが、君を見た瞬間、どうしても映像を残しておきたいという衝動が抑えられなくなった。

リュステムパシャ・ジャーミイ



オスマン帝国崩壊以降、世俗主義に基づく政教分離を徹底してきたトルコにおいて、回教の戒律は必ずしも万人が共有しているわけではないらしい。
礼拝に参加しない者、飲酒する者、「エロティック・ショップ」に出入りする者、断食期間の日中に飲食する者、平気で肌を露出する者が、当たり前のように存在している。
回教徒以外の旅行者が、違和感をあまり感じることなく過ごすことができる国と言えるだろう。

しかし、もちろん、この国が回教国であることは否定できない。
多くの店で酒を出さないし、たとえ酒を出す店であっても、豚肉料理は決して出さない。
中華料理にすら、豚のメニューは無かったように思う。

礼拝の時刻に遅れて参加する信徒がいた。
所定の祈りを一人ひとり捧げた後でなければ、全員の祈りに加わることは許されていないらしく、彼は、礼拝が終わるまで外で待たされていた我々旅行者の目の前で、リュステムパシャ・ジャーミイの外壁に向かって一人で立ち、祈りを唱え、額を接地させる動作を律儀に何度も繰り返す。
既に全員の祈りが始まっている堂内からは朗誦が高らかに響いてくるが、彼は、一人で行う祈りの動作を手早く済ませて堂内に入るようなことはしない。
神と信徒集団の一対多の関係よりも、神と信徒個人の一対一の関係の方が優先するということなのだろうか。

予定時刻ぴったりに礼拝が終わり、信徒以外の者も堂内に立ち入ることが許された。
信徒たちが引き上げていった後で、数名の男が堂内に居残り、床に足を投げ出したり壁にもたれたりする格好で座っている。
彼らには礼拝が終わったらさっさと仕事や家に戻ろうという風情は見られないし、誰も彼らに対して早く帰れとは言わない。
彼らは、薄暗く静粛な寺院の堂内で、リラックスしているように見えた。
聖なる場所で不謹慎とも思える姿勢を取る彼らを見て、初めは、礼拝中の正座で痺れた足の機能が回復するのを待っているのか、などと考えた。

しかし、彼らの傍に寄ってみると、彼らはじっと目を閉じ、俯いて静かに呼吸を整えていた。
それは肉体の苦痛を癒すというよりは、精神の昂ぶりを鎮めるための時間のようだった。
礼拝を通して彼らの神を体験し、それによって自らの中で生じた情動の正体をゆっくりと見定め、心に刻み込もうとしているのだろうか。

神の声、あるいは自らの内なる声に耳を傾け、宗教的な真理に少しでも近付こうと試みる時、彼らは最も個人的な時間を過ごしていると言えるかもしれない。
そのような時に、辺りを憚ることなくリラックスした姿勢を取るのは不謹慎でもなんでもなく、むしろ自然なことではないかと思えてきた。
臥行者は、寝転がったままでも修行はできる、と語ったのではなかったか・・・・・・。

実はやはり、単に足が痺れていた人たちを見ただけなのかもしれない。
しかし、もしかしたら、この世で最も敬虔な部類の人たちの姿を見ることができたのかもしれない。
いずれにせよ、この国が単なる世俗主義の国だとは思えない。





リュステムパシャ・ジャーミイから、古い建物に囲まれた細い路地を見下ろす。
寺院は人通りが多い商店街の真上に建っているが、商店街と反対側にあるこの路地には、道端に立って囁くように会話する男たちの声すらも聞こえてきそうな程の静謐さが確保されている。
おそらくこの路地も、寺院の一角を形成しているのだろう。





喧騒夥しい商店街の一本隣には、なぜか靴屋が一軒あるだけの小路が潜んでいた。
商店街に比べると悲惨なまでに人通りがない場所で、商売になるのだろうか。
寺院の壁の下を、ズタ袋を担いだ男が通る。
リュステムパシャ・ジャーミイは、決して綺麗とは言えないこの通りの向こうに見るのが、個人的には最も趣があると思う。

天国への階段



目指す回教寺院があるはずのブロックを2周したが、商店街が続くだけで、寺院の入口はどこにも見あたらない。
3周めには細い路地に入り、薄暗いゲートを通り抜けてみたが、また元の商店街に戻っただけだった。
一体どうなっているのか?

その時、一人の男が、壁の中に消えて行くのが見えた。





男が消えた壁の中には、石段が上に続いていた。
男の後について狭い階段を上ると、寺院の前に出た。
寺院は、商店街の真上に建っていた。

堂内に入ろうとすると、「礼拝が終わるまで25分待て」と制止された。
格子窓の下には、さっき何度か通った商店街を人々が行き来しているのが見えるし、店も開いている。

サウジのジッダでは、礼拝の時間になると、客である我々は店の外に追い出され、店主は電気を消してしまった。
彼らは、礼拝の時間に商売しているところを宗教警察に見つかってしまうと、大変な目にあうらしい。





寺院の階段を上り下りして確かめてみると、寺院への入口は全部で3つあった。

左のゲートから出てくると、自分の真後ろに寺院への階段があるというトリッキーな構造。
ゲームの世界の中で、ここと同じような場所に来たことがあったような気がする。





ひっそりとした佇まいを前にして、ここに寺院の入口があるなんて、知っている人でなければ分かるはずがない、と自分で自分に言い聞かせる。





どう見ても服屋の倉庫か何かの入口にしか見えないし、おまけに全身白ずくめのマネキンが門番をつとめている。
ここが寺院だとは、誰も思うまい。

どの入口も、商店街をうろうろしている間に、何度も前を通り過ぎている。
よく見れば3つの入口にはいずれも、「リュステムパシャ・ジャーミイ」と寺院名を記した表札が、ちゃんと掲げられていた。

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この寺院は、装飾タイルの華麗さで知られている。
特に、タイルの赤の色は、後世の人々が幾らトライしても再現することができないものらしい。
それを見に訪れる旅行者も決して少なくないが、親切な道案内はない。
おそらく皆、寺院の入口はどこかと迷うに違いない。
そこら中に、「秘蔵の仏像公開中」などと何が秘蔵なのか訳の分からぬ大看板を出して客をおびき寄せる某国の寺院とは対照的だ。

東ローマ帝国時代のモザイク画が多数残っているカーリエ博物館もそうだった。
民家がたて込んだ地区にあるため、親切なガイドブックですら道順の説明を諦め、「タクシーで行け」と勧めていた。
最寄の駅から歩いてみたが、道案内の矢印が一つしか見つからない。
最後は、観光バスから降りてきたツアー客一行の後をついて行って、事なきを得た。
見学が終わって駅に戻る途中、何人もの迷える旅行者に、「カーリエはどこか」と聞かれた。

イスタンブルは、旅行者を路頭に迷わす。
それは果たして不親切なことなのか?

名所見物は誰でも同じようなことしかできないが、路頭に迷っている間は誰にも真似のできない体験ができる。
変なところに迷い込めば迷い込むほど、どんなガイドブックにも載っていないものを見聞きすることができる。
道に迷っている間の不安な心理や、やっと目的地にたどり着いたときの安堵感を味わうことができる。

そういうわけで、自家用車にはカーナビを付けない。
道に迷いたいから付けないのであって、決してカーナビ代が惜しいわけではない。

エミノニュ



藤原新也は30年前、暗い世相を身にまとうイスタンブルの失業者と思しき群衆に向かって問い掛けた。
「あんたたち なぜそこに突っ立ってるんだ」

しかし今なら、次々に現れては押し寄せてくる消費意欲旺盛な群衆に対して、こう問い掛けるべきだろう。
「あんたたち どこからそんなに湧き出てくるんだ」

エミノニュの港とバザールを結ぶ地下道は、両方向に行き交う人々と、両端に隙間なく並ぶ商店の前で立ち止まる人々とで、どうしようもなく混雑していた。
彼らは決して、突っ立っていたりはしない。





獰猛に押し寄せる群衆に対抗して、カメラを構えた姿勢で突っ込んでいく。
妊婦が、そして長身の男が、こちらを睨みつけてくる。

俺が邪魔なのか?
でもここでは、みんなどうせ、お互いに邪魔し合っているじゃないか。
大目に見てくれ。





地下道を抜けて地上に出ると、事態はますます深刻になっていた。
バザールに向かう我々とバザールを出てきた者たちが互いに押し合う力が均衡し、人々の動きは膠着する。

目の前を行く者の歩みが止まってしまえば、もはや普通に歩くことはできない。
摺り足でそろそろと進む体感速度は、秒速10㎝程度か。





吊るされた香辛料の下に通り道を見い出し、そこをくぐり抜けようとしたが、向こうから来た者に先を越される。
仕方ないので、道を譲る。
そのかわり、あんたが行ったら、次は俺がそこを通る番だ。





バザールの中も超満員で、身動きが取れない。
しかし、そんなことにはお構いなしに、バザールの入口から次々と人が入って来る。

ただでさえ暑い真夏の夕刻に、無数の人体から発散される体熱がこもり、バザール場内は蒸風呂と化す。
観光客に人気の垢すり銭湯に行くまでもなく、既に肌は十分に蒸れてきた。
誰かこのまま、思い切り垢をこすってくれないか。





バザールの通路は長い。
先に進みたい。
しかし、一人ひとり違う種族の顔を持つ者たちによって、行く手は完全にブロックされてしまった。

様々な種族の者たちとじかに肌が触れ合い、種族ごとに異なる体臭が次々と自分の肌に染み付いていく。
そしてまた自分も、日本人の体臭を、様々な種族の人たちに次々となすり付けて行く。





バザールの外の通りに出たが、相変わらず人も商店も過剰だった。
呼吸が苦しくなった金魚が水面に口を開けるように、息を吸おうと上を向いた時、少し先の方に、傾きかけた太陽の光を浴びる回教寺院の尖塔が見えた。

突然、スピーカーの音量一杯の大音声が響き渡り、信徒に礼拝時刻が到来したことを告げる。
この機を逃す手はない。
礼拝の様子を見に行くことにした。

テュネル


   (寫眞をクリックすると拡大します。)

世界で2番目に古い地下鉄「テュネル」。
坂の下のカラキョイ港と坂の上の繁華街を結ぶ。

全長600m足らずのケーブルカー。
歩けない距離ではないが、歩くときつい坂なので利用者が多い。

壁面の変色したレンガが見せる複雑な色相に、しばし見とれる。
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vevey

Author:vevey

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