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メヴレヴィー教団の旋舞



メヴレヴィー教団は、イスラム神秘主義教団の一派である。
オスマン帝国時代、正統派イスラム神学を修めたウラマーたちが司法行政などの要職に就いて帝国統治の一翼を担ったのに対して、精神世界を統治する宗教本来の役割は異端の香り漂う神秘主義教団によって担われ、中でもメヴレヴィー教団は、国家の手厚い保護のもとで大きな勢力を有していた時期もあったそうである。
しかし、オスマン帝国が倒れトルコ共和国が成立すると、世俗主義に基づき脱イスラム・政教分離を進めたアタテュルクの政策の一環として、メヴレヴィー教団は解散を命じられた。
現在、我々が見ることができるメヴレヴィー教団の儀式は、宗教行事としてではなく文化的遺産・観光行事としてのみ行うことが認められているものであるらしい。

そうは言っても、やはり宗教教団の儀式である以上、そこに宗教的情熱の迸りが生じるのは当然と言える。

儀式は幾つかのパートに分かれているが、メインのパートは「セマーゼン」と呼ばれる踊り手による旋舞である。
セマーゼンたちは、初めは緩慢な動きで歩いたりお辞儀をしたりしているが、やがて両手を斜め上方に広げた姿勢でクルクルと独楽のような旋回運動を開始する。
彼らは、ひたすら回る。
旋回運動は見た目に綺麗だし、この世ならぬ不思議な雰囲気を醸し出すものであるが、旋回運動のみが延々と続く単調さに飽きてしまって、やがて退屈する観客も現れる。
(参考映像 → http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=W_Km4j36khA)

そして、突然、旋舞は終わる。

旋舞を終えたセマーゼンたちは一旦静止すると、ゆっくりとした動きで衣裳を整え、静かに退場していく。
その間、彼らの足取りに乱れはない。
旋舞の儀式とは、旋回運動で心身を酩酊させ、一種のトランス状態を作り出すものなのだろうと想像していたが、セマーゼンたちの姿に精神秩序の乱れは最後まで観察されなかった。
それは当て外れだったとも言えるが、トランス状態云々よりも、あれだけ長時間の旋回運動を続けた直後に体をピタリと静止させ、落ち着いて振る舞うことができるということの方が驚異だった。
三半規管の正常な働きを克服して体勢を維持することができるようになるまでには、おそらく相当な身体的修練を積んでいるに違いないと推察された。

旋回運動を終えたセマーゼンたちは、胸のうちの興奮にじっと耐えるような表情で俯き、微かに震えながら小さく呼吸していた。
その興奮の正体が何であるかは分からないが、神との合一を求める神秘主義の儀式が、セマーゼンたちの精神を過剰に刺激していたのは間違いないように思われる。
しかし彼らは、宗教的な興奮に身を任せて、儀式の厳粛な雰囲気を壊すような奇態を見せることなど、決して許されない。
身体的修練に加えて厳しい精神的修練を積めば、内面の興奮状態を外面に表出させないようにコントロールできる意志の力を身につけることができるのだろうか。





儀式の会場であるホジャパシャ文化センターで購入したメヴレヴィー教団のCDには、旋舞の伴奏音楽に続いて、旋舞終了後の聖典朗詠の様子が収録されている。
朗詠者は、聖典の一節を高ぶる声で朗詠しては、「ぐっ」という声とともに言葉を喉の奥に飲み込み、沈黙して呼吸を整えてから、再び次の一節を高らかに朗詠するといったサイクルを繰り返している。
その声調は、恰も胸の中から飛び出しかかっている感情を抑え付けて飲み込もうとしているように見えたセマーゼンたちの姿と、ほとんど同一のもののように感じられるのである。

国家によって宗教活動が禁じられているメヴレヴィー教団は、ややもすれば観光客相手の見世物に堕した儀式を執り行うだけの人畜無害な集団と化したように見えなくもない。
しかし、彼らは実は、一見すると見世物のように見える儀式を通じて、修練の成果を実地で試しつつ、神との合一を追求するという神秘主義教団本来の活動を継続するしたたかさを持っているのかもしれない。
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一粒300m


   (寫眞をクリックすると拡大します。)

300m先の出口の向こうに、小学校の裏門が待っている。
平坦で真っ直ぐで安全に見えるトンネルだが、旧少年少女が濃い闇を通り抜けてあっちに行くのは、そんなに簡単なことじゃない。
結構なエナジーと気力が必要だ。
まずはキャラメルを一粒。

BGM ・・・ UNDER HEAVY HANDS AND HAMMERS (大村憲司)

断食月の夜



エユップ・スルタン・ジャーミイの広場で、日没時刻を待つ人々。
広場の衛星中継画面には、世界各国の回教徒の姿が映し出される。

日本人回教徒の記すところによれば、彼は断食月の経験を経て、初めて自分が回教世界の一員であることを真に実感できたそうだ。
その人曰く、断食月の最大の効用とは、全世界の回教徒とともに断食の苦しみを味わうことによって、「苦しいのは自分一人だけではない」という感覚を養い、国家・人種を超えた回教徒コミュニティの連帯感・一体感を心に刻むことにある、とのことである。





エミノニュの夕食会場に集う人々。
日没時刻を過ぎると、街中のあちこちに設置されたテントの中で、イフタールと呼ばれる断食明けの食事がふるまわれる。
日の出から日没までの長い時間を耐えた人々が同じ場所で一斉に会食する時、回教徒間の仲間意識がどれだけ高揚するのか、何となく想像がつく。





断食月の夜は、飲んで、食べて、楽しむための時間。
断食月とは、お祭りの期間でもあるようだ。

イスタンブルの中心部・スルタンアフメット地区では、広場の一角に臨時の夜店街が設けられ、食べ物、飲み物、おもちゃ、服飾品、工芸品、地方の特産品などを並べた屋台が延々と軒を連ねる。
昼間はバザールの人混みで、そして夜は夜店の人混みで。
イスタンブルにいると、我が身はいつでも芋洗い状態の芋と化す。





夜店街を出ると、夏の夜空に鳴り響く楽の音に導かれ、野外のコンサート会場へ向かう。
客席は超満員の立ち見続出で、聴衆のノリも良い。
もうすぐ真夜中というのに、子どもたちの姿もちらほらしているが、野暮な補導などここでは無用だ。





ステージの上にいたのはトルコの軍楽隊、演奏していたのは伝統的なトルコの軍楽だった。
日本で自衛隊の音楽隊が軍歌のコンサートを開催したとして、果たしてどれだけの人が聞きに来るだろうか。
トルコの人たちが軍楽隊に抱く親近感と敬愛の念は、我々日本人の想像の域を超えている。

強大な軍事力を誇ったオスマン帝国の全盛時代、トルコの軍楽隊が奏でる勇ましい行進曲が遠くから聞こえてくると、敵国はそれだけで恐れをなして敗走したこともあったらしい。
軍楽の響きは、トルコの人々のDNAを刺激し、広大な版図を有したオスマン帝国の世界史的栄光を想起させる効能があるに違いない。





軍楽隊のコンサートは、深夜12時きっかりに終わった。
赤いマントに身を包み、最後の曲を演奏しながら退場していく軍楽隊に向かって、聴衆は拍手喝采を送る。

だが、それだけでは終わらない。

野外ステージを出た軍楽隊が、演奏を続けながら広場を行進していくと、その後ろに、広場の人々がゾロゾロとついて行く。
まるでハーメルンの笛吹き男についていって姿を消した子どもたちの行列のようだが、トルコでは子どもだけでなく大人もついて行くところが一味違う。
トルコの人たちは、本当に軍楽隊が好きなのだ。

軍楽隊のコンサートは、イスタンブルの軍事博物館でも聞くことができる。
博物館の売店で売られている軍楽隊のCDは24曲入り1.5リラ、日本円で僅か80円程度で入手でき、大変お買い得である。





別の日に同じコンサート会場に行くと、これまた大変な人気の男性歌手がステージ上にいた。
今度は、日本風に言えば演歌だった。
しかも、この歌手は歌うだけでなく、自作の詩を歌の合間に朗々と詠じるのである。
こういうナニワ節スタイルが、トルコの人々の心にも切々と響くらしい。

最後の曲の前に、歌手は客席にいた一人の女性を立たせて、聴衆に紹介した。
歌手の母親らしい。
最後は、どうやら森進一の「おふくろさん」風の歌で締めるようだ。

切ない歌に心を掻き乱され、扇情的な詩の朗唱にぐっと来る。
外国人の自分も、ナニワ節の世界にぐいぐい引き込まれていく。
「アンネ、アンネ・・・」
トルコ語が分からない自分にも、ここだけは分かる。
「母さん、母さん・・・」
と、ステージの上から客席の母親に呼びかけているのだ。
くさい演出だが、不覚にも涙がこぼれそうになった。

そして、曲が最高潮に達した時、バックバンドの一人が両手を高く掲げてサッと広げたのが、トルコの国旗だった。
ここで会場は「オーッ」というどよめきに包まれ、聴衆はスタンディングで拍手を送ったのである。

軍楽隊を愛し、国旗を見て盛り上がれるトルコの人たちは、本当にトルコという国が好きらしい。
しかし、30年前にトルコを訪れた藤原新也の眼は、低迷するトルコという国を見限ろうとしていた国民の姿を捉えていた。
今、目の前でトルコへの愛情を惜しみなく表現している人たちは、最近の好調なトルコ経済のお陰で、ようやく自信と自尊心を回復したばかりなのかもしれない。





国旗と言えば、エミノニュの広場で見かけた旗売りのオジサンである。
よく見れば色々な旗を持っているが、メインの商品は何と言ってもトルコ共和国の国旗だ。
道行く人に国旗を売るという商売が、イスタンブルでは成り立つらしい。

日本でももちろん日の丸の旗を買うことはできるが、大抵の人は行き当たりばったりで買ったりせずに、ちゃんとした専門店に買いに行くのが普通ではないか。
道端で日の丸を売っているところなど、見たことが無い。

では、こんなところで国旗を買うトルコの人たちは、それをどこでどう使うつもりなのか。
手に持って振るタイプの旗が多いようだが、どこで振るというのか。
その辺になると、もう全く想像がつかない。
こういうところに、トルコの奥深さを見る思いがする。

姉弟の家


   (寫眞をクリックすると拡大します。)

尾根の坂道をのぼり切ると、別の尾根道と合流する地点に、二人の童子が現れた。
姉弟と思しき二人の童子は、まだよちよち歩きしかできない真っ白な子犬を、リードにつながず自由に歩き回らせている。

「可愛い犬だね。君たちの犬なの?」

二人は立ち止まって振り返り、姉の方が無言で肯いたが、それ以上の問い掛けを拒むように、二人は再び前を向いて歩き出した。
姉が肯く時に見せた不自然な笑みに違和感を感じつつ、こちらも無言でついて行く。
頂上を少し過ぎたところで、姉弟と子犬は道を逸れ、短い階段を降りていった。
階段下の狭い土地には、家が数軒建っていた。
二人は、一番手前の家の玄関の戸を開けると、子犬と一緒に家の中の闇に吸い込まれるように消えていった。

階段の上に立ち、家屋を見渡す。
淡青色の屋根を冠した一群の家屋は、全てが棟続きのようにも見えるが、一軒一軒が独立しているようにも見える。
家屋各軒の向きが、微妙な角度で少しずつずれている。
二人が降りて行った階段の他に、この場所への入口は無い。

僅かに揺れる草木と電線以外、視界の中で動くものは何もない。
たった今、姉弟と子犬が家の中に入って行ったばかりだというのに、どの家からも生きものの気配を全く感じることができないのは、どういう訳なのか。

尾根道を吹き抜ける冷たい風がぴたりと止むと、辺り一帯は愈々もって静まり返った。
・・・と思った次の瞬間、甲高い犬の鳴き声に続いて、童子たちの哄笑が鋭く響きわたった。

直ちに撮影は中止し、尾根道をできるだけ早足でくだっていく。
この時、後ろを振り向いたら何が見えたのか、今もなお、怖くて想像することすらできずにいる。

BGM ・・・ 閉ざされた町 (カルメン・マキ&OZ)

ベシクタシュ



ボスポラス海峡の東岸の街ユスキュダルを歩いていると、空腹をおぼえた。
船に乗って、西岸の街ベシクタシュで、昼食の店を探す。
街中のあちこちに変な建物が目についたので、食事は後回しにして見物する。





昼食が済み、バス停に向かって歩いていたら、CNNの街頭インタビューに出くわす。
深刻な顔して、何の取材だろう。

シリア問題か、イスラエル問題か、中東の春諸国への対応か、クルド人対策か、キプロス問題か、EU加盟問題か。
トルコの国際政治は、多面的でスリリングだ。





ファインダーをのぞいていたら、いきなり、後頭部を小突かれた。
街頭テロかと思って振り向くと、CNNのカメラマンに、邪魔だからどけと言われる。
インタビュアーに近付き過ぎて、TVカメラのフレームに入ってしまったようだ。
大変失礼しました。

インタビューの雰囲気が和やかになってきた。
ベシクタシュは、イスタンブルの中心から離れた、どちらかと言えば庶民的な街。
外交問題なんかではなくて、案外、お気楽な話題のインタビューなのかもしれない。
こういう時、トルコ語が分からないのはつまらない。

街の住人たち


スルタンアフメット・ジャーミイの入口。
なぜか、逃げ道のない場所で静止した猫。


猫をいじりたい人間にとっては、絶好のチャンス到来。


かつてアヤ・ソフィアが基督教の、そして回教の寺院だった頃、おそらくここは堂内で最も神聖だった場所。
今は柵で囲われて一般客立入禁止となっているが、猫は自由に出入りし、寝そべる権利がある。
ただし、猫が何しにここに来たのかは、不明。


ユスキュダルの街中にある小さな公園。
オバサンにもらった餌を熱心に食べる猫2匹、彼らが食べ終わるまで順番を待つチビ猫1匹、オバサンにおかわりをねだりに行く猫1匹。
ペットボトルを輪切りにして作ったボウルには、猫の飲み水。


ユスキュダルの急な階段の途中に、猫専用の卓袱台。
餌が乗ったお皿と水が入ったお椀が、毎日決まった時間に、ここに並ぶのだろう。
その頃合を見計らって、近所の猫たちはやって来るに違いない。


クズグンジュックの街に駐車中のバイクは、気持ちよい寝床。


シャッター音で、目を覚ましてしまった。


しかし、起きる気力は全然ないようだ。


トプカプ宮殿そばの坂道で出会った子猫。


左手で子猫を持ち、右手のカメラで接写。


少し明るいところで撮らせてね。


まぶしいニャ!


写真はもういいニャ!


放せニャーッ!


撮影お疲れ様でした。
おいしいお水で一服して下さい。


お手元のパンを、ひとかけら下さることを信じて、じっとあなたを見つめています。


ちっ、こどもが先かよ。
エユップ・スルタン・ジャーミイの広場にて。


グランド・バザールの袋小路にある工房の中庭。
天日干しの絨毯の上を歩く子猫を、母猫が追う。
プロフィール

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